世界的なバイオリニストとして活躍していた五嶋龍さんが、現在はニューヨークで空手道場を主宰し、空手家として生きていると知って驚いた。
幼い頃から天才バイオリニストとして注目され、世界の名だたるオーケストラと共演。テレビ番組の司会も務め、ハーバード大学では物理学を専攻している。
多くの人から見れば、すでに十分すぎるほど成功した人生だと思う。
それなのに、その地位にしがみつくのではなく、バイオリンの世界から離れ、空手家として新たな道を歩み始めた。
同じ音楽業界の中で活動の形を変えたわけではない。音楽家から空手家へ。あまりにも違う世界への転身である。
なぜ、そんな生き方ができたのだろう。
バイオリニストとしての成功が、本人にとって幸せとは限らない
五嶋龍さんは7歳で楽壇デビューし、その後は世界的なバイオリニストとして活動してきた。
外から見れば、才能にも実績にも恵まれた華やかな人生に見える。せっかく築いた地位を手放す理由などないように思えてしまう。
しかし、他人から見た成功と、本人が感じる幸せは必ずしも一致しない。
ニューヨークの日本語新聞「よみタイム」のインタビューで、五嶋さんはバイオリンを「精神的な牢屋だった」と表現している。そして、バイオリンに戻る可能性についても「ゼロ」と答えている。
この言葉は重い。
私たちには華やかに見えていた経歴も、本人にとっては自由を奪うものになっていたのかもしれない。
だから、単純に「成功していたバイオリニストをあっさり捨てた」と表現するのは少し違うのだと思う。
外からは突然の転身に見えても、本人の中では長い間、葛藤が積み重なっていたのではないだろうか。そして、コロナ禍で演奏活動が止まったことが、自分の人生を見直すきっかけになった。
空手は突然選んだ道ではなかった
音楽家から空手家への転身と聞くと、まったく新しいことを突然始めたように感じる。
しかし、五嶋さんは幼少期からバイオリンと並行して空手を続け、日本空手協会認定の参段を取得している。
つまり、空手は思いつきで選んだ第二の人生ではない。
長年、自分の中に存在していたもう一つの大切なものを、人生の中心に置き直したのだと思う。
2022年にはマンハッタンで「日米武道館」を開設。現在は道場を主宰し、師範として空手を教えている。
演奏する側から教える側へ、音楽から武道へと舞台は変わった。それでも、自分を律し、技術を磨き、人に伝えるという点では、二つの道に通じるものもあるのかもしれない。
「自分の気持ちに正直に生きる」は簡単ではない
自分の気持ちに正直に生きよう。
やりたいことをやろう。
嫌なことから離れよう。
言葉にするのは簡単だ。しかし、実際に行動するのは怖い。
仕事を辞めれば、収入がなくなるかもしれない。今まで積み上げてきた経歴が無駄になるように感じる。周囲から「もったいない」と言われるかもしれない。新しい世界で通用する保証もない。
同じ業界への転職でさえ、不安や面倒が先に立って動けないことがある。ましてや、それまでの肩書や実績がほとんど通用しない世界へ移るとなれば、なおさらだ。
今の生活が苦しくても、人は未知の世界より、慣れている苦しさを選んでしまうことがある。
不満はある。でも生活はできている。
楽しくはない。でも今さら変えるのは怖い。
そうしているうちに、数年、十数年が過ぎていく。
五嶋さんの転身に驚かされるのは、音楽家が空手家になったからだけではない。多くの人が怖くてできない選択を、実際に行動に移したからだと思う。
頭がいいからできた、だけではない
五嶋さんはハーバード大学で物理学を学んでいる。世界で活躍する演奏家になり、空手でも高い段位を取得し、さらに自分で道場を立ち上げて運営している。
能力が高く、並外れた努力を続けられる人なのは間違いないだろう。
何を選んでも成し遂げられる力があるからこそ、まったく違う道へ踏み出せた面もあると思う。
ただ、「能力がある人だからできた」と片づけてしまうと、この生き方の本質を見失う気もする。
能力が高くても、すでに得た名声や安定を手放せない人はいる。むしろ成功しているほど、周囲の期待も大きくなり、それまでの自分をやめることは難しくなる。
新しい道で成功できる保証があったから進んだのではなく、自分にとって元の道へ戻らないことの方が重要だったのではないだろうか。
だから私は、五嶋さんの才能だけでなく、自分の本心を認め、人生の方向を変えた勇気を尊敬する。
私たちは、何もかも捨てなくてもいい
もちろん、五嶋さんの生き方を見て、誰もが今すぐ仕事を辞めるべきだという話ではない。
家族や住宅ローン、生活費、将来への備えなど、簡単には動けない事情がある。勢いだけで安定を捨てれば、自由になるどころか、生活に追われる可能性もある。
自分の気持ちに正直に生きることは、必ずしもすべてを捨てることではない。
まずは、嫌なのに好きなふりをしていることを認める。周囲の期待と自分の希望を分けて考える。小さく別の道を試す。生活を守れるだけの資金を準備する。
そうした行動も、自分の人生を取り戻す一歩だと思う。
五嶋さんにとっての空手も、突然どこかから現れたものではない。幼少期から長く続けてきた、もう一つの道だった。
人生を変えるきっかけは、まったく新しいものではなく、忙しさや周囲の期待の中で後回しにしてきた「本当は大切だったもの」の中にあるのかもしれない。
あなたはどう生きたい?
社会的に成功していることと、自分が納得して生きていることは同じではない。
評価される仕事を続ける人生もある。積み上げたものを手放して別の道へ進む人生もある。仕事は生活の手段と割り切り、それ以外の時間に自分の大切なものを育てる生き方もある。
どれが正しいということではない。
ただ、自分が望んでいない人生を、他人から見て立派だからという理由だけで続けるのは苦しい。
五嶋龍さんの生き方を知って、私は「自分は本当はどう生きたいのだろう」と考えさせられた。
今の仕事や生活をすぐに捨てる勇気はなくてもいい。それでも、自分の気持ちまで見ないふりをする必要はない。
いつか振り返ったとき、「怖かったけれど、自分で選んだ人生だった」と思える生き方ができたらいい。
あなたは、これからどう生きたいだろうか。



コメント