観光客の増加とともに民泊が急増する一方、騒音やごみ、違法営業などを理由に、自治体が規制を強化する動きも目立つようになりました。
では、民泊が禁止・制限されると、民泊に使われていた部屋が通常の賃貸市場へ戻り、住宅価格や家賃は下がるのでしょうか。
結論から言えば、民泊が住宅を大量に吸収している地域では、規制によって住宅価格や家賃の上昇圧力が弱まる可能性があります。ただし、日本全体や東京・大阪の都市全体で見ると、民泊だけが住宅価格や家賃を押し上げているわけではありません。規制しても、すぐに家賃が大幅に下がるとは考えにくいでしょう。
影響が出やすいのは、観光地や繁華街など、民泊が狭い範囲に集中している地域です。
そもそも民泊とは?日本には3つの制度がある
民泊とは一般に、戸建て住宅やマンションなどの全部または一部を旅行者に宿泊場所として提供するサービスを指します。ただし「民泊」という言葉自体に、法令上の明確な定義があるわけではありません。
日本で合法的に民泊を営業する方法は、大きく分けて次の3つです。
| 制度 | 主な特徴 | 営業日数 |
|---|---|---|
| 住宅宿泊事業法(民泊新法) | 自治体への届出で住宅を宿泊施設として利用 | 年間180日以内 |
| 旅館業法(簡易宿所など) | ホテルや旅館に近い営業許可が必要 | 原則として上限なし |
| 特区民泊 | 国家戦略特区内で自治体の認定を受けて営業 | 年間上限なし。ただし最低宿泊日数などの要件あり |
この違いは重要です。ニュースで「民泊を禁止」「民泊の受付を終了」と報じられても、すべての民泊営業が一斉にできなくなるとは限りません。
例えば大阪市は、2026年5月29日で特区民泊の新規申請と既存施設の居室追加などの受付を終了しました。しかし、それ以前に認定された特区民泊は引き続き営業できます。また、住宅宿泊事業法による民泊や、旅館業法の許可を得た簡易宿所まで全面禁止されたわけではありません。
日本で民泊が広がった経緯
宿泊施設不足とインバウンド増加が追い風に
以前から、農家民宿やイベント時に個人宅へ宿泊する仕組みはありました。しかし現在のような民泊市場が形成されたのは、インターネット上で旅行者と住宅の提供者を結び付ける仲介サービスが普及してからです。
2010年代に入り、訪日外国人旅行者が増加すると、東京・大阪・京都などではホテル不足が問題となりました。空き家やマンションの一室を宿泊施設として活用できる民泊は、宿泊需要の受け皿として急速に広がります。
その一方、旅館業法の許可を取らずに営業する「違法民泊」も増えました。安全・衛生管理、宿泊者名簿、消防設備が不十分な施設に加え、騒音やごみ出しをめぐる近隣トラブルも社会問題になりました。
特区民泊から民泊新法へ
国はまず、国家戦略特区の一部で旅館業法の特例となる「特区民泊」を導入しました。その後、民泊を全国共通のルールの下で営業できるようにするため、2017年6月に住宅宿泊事業法が成立し、2018年6月15日に施行されました。
民泊新法では、営業日数を年間180日以内とし、届出、標識の掲示、宿泊者名簿、安全・衛生対策、騒音防止の説明、苦情対応などを義務付けています。家主が不在になる民泊は、原則として登録された住宅宿泊管理業者へ管理を委託しなければなりません。
さらに自治体は、生活環境を守るため、区域や曜日を条例で制限できます。例えば新宿区では、住居専用地域で月曜日正午から金曜日正午まで住宅宿泊事業を行えません。
コロナ禍を経て、再び増加へ
2020年以降は入国制限や旅行需要の減少で、民泊市場も一時的に大きな打撃を受けました。しかしインバウンドが回復すると民泊の利用も再び増え、観光地や大都市では住民との摩擦が改めて問題になっています。
現在の規制強化は、民泊という仕組みそのものを全国からなくす動きというより、住宅地への無秩序な拡大や、管理者の姿が見えない民泊を抑える動きと見る方が正確です。
日本の民泊は何件ある?
観光庁によると、住宅宿泊事業法に基づく届出は、制度開始日の2018年6月15日時点では2,210件でした。
2026年7月15日時点では累計65,837件まで増えています。ただし、このうち23,767件はすでに廃止されているため、実際に届出が存続している住宅は42,070件です。
| 時点 | 住宅宿泊事業法による届出状況 |
|---|---|
| 2018年6月15日 | 2,210件 |
| 2026年7月15日 | 累計65,837件 |
| 同日時点の廃止件数 | 23,767件 |
| 同日時点の届出住宅数 | 42,070件 |
2026年4~5月の2か月間では、全国の宿泊日数は約62万4,000日、宿泊者数は約62万7,000人でした。宿泊者の62.4%は外国人です。宿泊日数は東京都が約36万2,000日で、全国の半分以上を占めています。
ただし、42,070件は「民泊新法による届出住宅」だけです。特区民泊や、旅館業法の許可を受けた簡易宿所は別に集計されます。さらに、一つの施設が複数の予約サイトへ掲載されることもあるため、サイトの掲載件数を足しても正確な施設数にはなりません。
したがって、「日本の民泊は全部で何件か」を一つの数字で示すのは難しく、制度別に見る必要があります。
民泊ではどのようなトラブルが起きている?
民泊トラブルは、宿泊者の国籍そのものよりも、短期間で利用者が入れ替わる施設を、管理者不在のまま住宅地で運営することから生じやすいと考えられます。
騒音と深夜の出入り
旅行中の宿泊者は、一般の住民とは生活時間が異なります。深夜の会話、飲酒、キャリーケースを引く音、複数人による出入りなどが、同じマンションや近隣住宅の負担になります。
ごみ出し・路上喫煙
地域ごとに異なる分別や収集日のルールが伝わらず、ごみの放置や不適切な排出につながることがあります。共用部や路上での喫煙も、代表的な苦情の一つです。
オートロックと防犯への不安
共同住宅では、見知らぬ宿泊者が日々入れ替わり、オートロックの暗証番号や鍵の受け渡し方法が多数の人に共有されることへの不安があります。共用部の使い方や避難経路を理解していない宿泊者がいることも問題です。
管理者と連絡が取れない
苦情が起きたとき、現場へすぐ来られる管理者がいない、掲載サイト以外の連絡先が分からない、海外にいる所有者へ連絡できない、といった問題もあります。
違法・無許可営業
届出番号のない施設、営業日数の上限を超えた施設、旅館業法上の許可が必要なのに無許可で営業する施設もあります。消防設備や避難経路が不十分であれば、宿泊者だけでなく周辺住民にも危険が及びます。
新宿区では、住宅宿泊事業法による届出住宅が2025年時点で3,200件を超え、2024年度には騒音、ごみ、たばこなどに関する苦情が561件寄せられました。大阪市も、施設増加に伴い周辺住民からの苦情が多発したとして、2026年に特区民泊の運営管理に関するガイドラインを強化しています。
民泊が増えると住宅価格や家賃は上がるのか
民泊が住宅市場へ影響する経路は、主に二つあります。
- 長期賃貸向けの部屋が民泊へ転用され、賃貸住宅の供給が減る
- 民泊収入を期待した投資家が物件を買い、売買価格を押し上げる
通常の賃貸より民泊の方が高い収益を得られる地域では、オーナーが長期入居者ではなく旅行者へ貸そうとします。その結果、地元住民が借りられる部屋が減れば、家賃には上昇圧力がかかります。
また、物件を購入する側は、居住用としての価値だけでなく「民泊で稼げる価値」も価格に織り込みます。民泊営業の選択肢があることで、ワンルームや1LDK、2LDKなどの投資物件が高く評価される可能性があります。
米国のAirbnb掲載データを使った研究では、持ち家率が中央値の地域でAirbnb掲載数が1%増えると、家賃が0.018%、住宅価格が0.026%上昇するとの推計が示されました。研究では、短期賃貸の増加とともに長期賃貸の供給が減ることも確認されています。
もっとも、これは米国の特定期間の推計であり、その数字をそのまま日本へ当てはめることはできません。民泊の密度、住宅の空室率、観光需要、用途地域、賃貸契約や税制が異なるためです。
民泊を禁止・規制すると住宅価格や家賃は下がる?
理屈の上では、民泊規制には住宅価格や家賃を下げる方向の力があります。
- 民泊から通常の賃貸へ戻る物件が増える
- 居住者向け賃貸の供給が増える
- 民泊収益を前提とした投資需要が弱まる
- 民泊向き物件に上乗せされていた価格が縮小する
実際、ポルトガル・リスボンの一部地域を対象にした研究では、短期賃貸の新規登録禁止後、対象地域の住宅価格が比較対象地域より平均9%低下したと推計されています。特に民泊で使われやすい2ベッドルームの物件で影響が大きく、民泊として運用できる「選択肢の価値」が住宅価格に含まれていたことが示唆されます。
ただし、規制を導入すれば必ず家賃が下がるわけではありません。結果を左右するのは、次の条件です。
1.民泊が地域の住宅全体に占める割合
民泊が住宅の数%、あるいは特定地区でさらに高い割合を占めていれば、通常賃貸へ戻る効果が見えやすくなります。一方、都市全体の住宅戸数に比べて民泊がごく少数なら、規制の効果は統計上見えにくくなります。
2.規制後に本当に長期賃貸へ戻るか
民泊をやめた物件が、必ず通常賃貸になるとは限りません。オーナーが売却する、空室のまま保有する、30日以上の中期滞在へ切り替える、旅館業法の許可を取得する、といった選択肢もあります。
3.既存施設まで対象になるか
大阪市の特区民泊のように、新規受付を終了しても既存の認定施設が営業を続けられる場合、住宅供給がすぐに増えるわけではありません。効果は「今後の民泊化を抑える」ことが中心となり、価格や家賃への影響も緩やかです。
4.住宅価格を動かす他の要因
住宅価格や家賃は、建築費、人件費、金利、人口流入、再開発、所得、土地不足、外国人を含む投資需要など、多くの要因で動きます。民泊を規制しても、人口流入が続き、新築供給が少なければ、家賃が上がり続けることは十分にあります。
日本ではどの物件に影響が出やすいか
民泊規制の影響は、すべての住宅へ均等に広がるものではありません。特に影響を受けやすいのは次のような物件です。
- 新宿・浅草・京都中心部・大阪市中心部など観光客が集中する地域
- 駅や空港から近く、スーツケースを持った旅行者が利用しやすい物件
- 複数人で泊まりやすい1LDK・2LDKや戸建て
- 管理規約で民泊を明確に禁止していないマンション
- 民泊収益を前提に高値で売買されていた投資用物件
反対に、観光需要が乏しい郊外のファミリー住宅や、管理規約ですでに民泊が禁止されている一般的な分譲マンションでは、規制強化による価格への直接的な影響は小さいでしょう。
民泊規制で価格が下がるとしても、まず起きやすいのは「都市全体の不動産価格が一斉に下落すること」ではなく、民泊運用を前提に割高で取引されていた一部物件のプレミアムが剥がれることです。
民泊規制には副作用もある
民泊を減らせば、住民の生活環境や住宅供給が改善する可能性があります。一方で、宿泊できる部屋が減るため、観光シーズンのホテル代が上がる可能性があります。
また、観光客がホテル周辺へ集中し、住宅地の飲食店や商店へ落としていたお金が減ることも考えられます。空き家が多く、賃貸需要が弱い地方では、民泊が空き家活用や地域経済の手段になっている場合もあります。
そのため、住宅不足が深刻な大都市の観光地と、空き家に悩む地方を同じルールで扱うのは適切ではありません。家主が同居する小規模な民泊と、投資家が複数の住宅を丸ごと宿泊施設へ転用する事業型民泊も分けて考える必要があります。
今後は全面禁止より「地域と運営形態で選別」が進む
今後の日本では、民泊が全国一律に禁止される可能性は低いでしょう。インバウンドの受け皿や空き家活用という役割があり、通常のホテルでは対応しにくい家族・グループ旅行の需要もあるからです。
一方、次のような規制は強まる可能性があります。
- 住居専用地域における営業曜日・日数の制限
- 新規認定の停止や、民泊が集中する地域での件数抑制
- 管理者の常駐・駆け付け要件の厳格化
- 近隣住民への事前説明や連絡先表示の義務
- 違法施設を掲載する仲介サイトへの監視強化
- マンション管理規約による禁止・制限
つまり、今後は「民泊か、全面禁止か」という二択ではなく、住宅地では厳しく、商業地や観光地では一定条件の下で認める方向へ進むと考えられます。
まとめ:民泊規制は局地的には効くが、住宅高騰の万能薬ではない
民泊が長期賃貸向けの住宅を減らし、住宅価格や家賃を押し上げることは理論上も実証研究上もあり得ます。したがって、民泊が集中する地域で規制を強化すれば、賃貸供給の回復や、民泊向け物件の価格上昇を抑える効果が期待できます。
ただし、既存民泊を残したまま新規受付だけを止めても、短期間で大量の住宅が市場へ戻るわけではありません。民泊をやめた物件が空室や中期賃貸へ移る可能性もあります。
民泊規制は、住宅価格や家賃を下げるための一つの手段ではあっても、万能薬ではありません。
住宅不足を改善するには、民泊規制だけでなく、新築・既存住宅の供給促進、空き家の流通、投機目的の保有への対応、地域ごとの実態に合わせた用途規制などを組み合わせる必要があります。
住民の生活環境、観光客の宿泊場所、所有者の権利、地域経済。そのバランスを取りながら、民泊が集中しすぎた地域をきめ細かく調整することが現実的な解決策ではないでしょうか。



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